2013年03月16日

中国での思い出、北京旅行5

○さよならイー
北京五日目の朝。
結局、待っていた書類は来なかった。

留学のための必要書類を待つため、その日イーと別れることに。
ちなみに、この日の朝オレがちょっとというか結構な粗相をやらかしてしまい、イーは相当不機嫌だった。
何をしたかは書かないが、完全な不可抗力で、しかしそうは言えどもひどいことをしたので、どうしていいかわからなかった。

ま、それも直ぐに、普通の状態に戻ったので大丈夫だったのだけれども。

過ぎ去る時間はあっという間。光陰矢の如し。

「送るよ」
イーはいった。送るって言っても、駅まではバスに乗って三十分くらいかかる。そんなところまで送らなくてもいいのに。
なので断る。
「送るよ」
彼女は頑なだった。

ここでオレは勘違いしていたのだが、彼女が言うのは、近所のバス停まで見送るという意味だったが、オレは駅までついてくると勘違いしていた。

二人でバス停に歩き、バスを待つ。
バスはすぐさま来た。

ここでお別れか。四日前は何人かのスペイン人・・・そして、一人のロシア人、ドイツ人とお別れをした。
またここでもだ。
仕方がない。オレは日本に帰り、他の人々もそれぞれの国に帰るのだ。

しかしこの時、オレは、イーが駅までついてくるものと思っていたから、特段気の利いた言葉をいう事もなくバスに乗り込む。

あれ、イーは・・・・?

ここで気づく。見送りとはバス停のことか!

「ばいばい、絵葉書送ってね」
「うん、ばいばい」

余りにもあっさりと、イーとは別れた。

以来会っていない。当然だ。オレは日本にいて彼女はスペインに留学したのだから。
もっともネットが蔓延る現代だから、時々連絡は取っているものの。



○ホテル探し
先ずは空港から近い場所へ降り立ち、目当てのホテルへ行く。
ユースホステルだ。
お金がない。安いホテルでよかった。

行ってみたが、予約してないなら、もう埋まってるといわれ断られた。その近くのホテルを探すも、300元。
日本円にして3600円くらいだ。高くはないが、100元くらいで泊まれると来ないかな、と思う。
金がないのだ。


で、何軒か回ったが、300元が相場のようだった。100元くらいでないかな・・・あるはずなんだけどな・・・・

探しながら、疲れ果て、昼ご飯を食べる。

牛肉の乗った麺と、小籠包。
安かった。多分20元もしなかったと思う。

そしてホテル探し。歩き回るが安いところは見つからない。アクセスいい場所だから、高いのかな・・・

結局ネットで探した。
220元くらいのホテルを見つけ、そこにチェックイン。

荷物を置いて、平安門へと向かう。



○三度目の毛沢東。
何故平安門かというと、前回最初に故宮に行って行けなかった場所があり、そこへ行くためだ。二日目行ったのは、多分中山公園で、今回行ったのは北海公園だったのだと思う。
あと一つ、なんちゃら公園に行ったが名前を失念した。
イーが居ない旅路は、なんだかさみしかった。どこか空しかった。

スペイン人のオネや、ハビエルとももう会えない。マリアやアナ、ディアナ、マリア
皆と会えなくなった。

そして、今やイーとも会えない。三日後には、ルームメイトの韓国人テヨンや、一緒に香港に行く予定のサミエル、クラスメイトのサリン皆と会えなくなる。

当たり前の事だが、その事実が重くのしかかる。


三度目の毛沢東の肖像画に対面しながら、感慨深さと寂寥感に襲われていた。

二つの公園へ行き、歩いて回るが上の空だった。



○北京での最後の夕食
北京に着たら北京ダック食べるべきだろ。
そうは思うものの、結局食べなかった。

ホテルの近くには露店のような店しかなかった。唯一店を構えているところに入ったものの、そこは閑古鳥が鳴いているかのような人の居なさ。店員が三人。客ゼロ。かなり広いのに、客ゼロ。

逆に露店は活気にあふれていた。

もう一つの選択肢として、コンビニがあったから、そこで適当に買って、ホテルで食べる。

まあ、さすがにそれはないか。

で、前述のように、店に入った。いろいろやってるようで、自分は丼ものを頼んだ。丼ものというか、ビビンバみたいなやつ。
そしてビールを一本注文し、もしかしたら日本だったかもしれないが、注文しそれをのむ。


「ぬるいのしかないけど大丈夫?」みたいなこと聞かれたが、最初何を聞いているかわからなかった。
何度かのやり取りの内に理解した。

中国では、普通ビールを冷やさない。ぬるいまま飲む。むろん冬であれば冷えているが、夏場はぬるいビールだ。
それをのむ。

一人寂しくビールを飲みながら、ホテルへ帰った。ほんとは夜の街をぶらぶらと歩いてみたい気もしたのだが、やはり外国で不案内な場所は危ないだろうし、疲れていたのもあってホテルへ帰った。
そして寝た。



○空港、そして広州へ。別かれは再び。
空港へ行く。問題はほとんどなかった。乗り場を勘違いしていたものの、早い時間だったので、問題なかった。

空港での待ち時間の間、クラスメイトで、ヨルダン人のサリンとショートメッセージのやり取りをしていた。
その日がサリンの帰国日だった。同じくヨルダン人のリーンも、帰国する。

その日の夜に広州の国際空港から出立するそうだ。

何とか見送りに行けないものかなと考えていた。

しかし、オレが広州の国際空港に付くのは昼過ぎくらいだった。だから大学で見送りしようと思った。広州からバスに乗り込み、中山大学珠海キャンパスへと向かう。
だがバスに乗った時点で、間に合うか間に合わないかの瀬戸際だった。

「ごめん、間に合わないかも」
「いいよ、気にしないで。一年間ありがとう」
「うん、こちらこそ。リーンにも伝えてて」
「わかった」

会えずに別れてしまうのか?
そう思うとひどく悲しかった。せめて見送りたかった。
サリンは優しい学生だった。前期は仲良しだったリタが居たが、後期はどういうわけかリタは来ておらず、クラスでさみしそうだった。
確か20歳か19歳で若く、しかし英語は堪能だった。努力家でもあった。

バスは大学へ近づいていくが、近づけば近づくたびに、ああ、これは間に合わないな、という確信があった。
バスは大学に到着した。もうサリンが出発している時間だった。全然間に合わない。間に合わない。

北京六日間の旅、実質は四日間くらいかな。
旅行は楽しかった。しかし、留学期間の終わりで、皆との別れはかなりつらかった。
<中国での思い出、北京旅行・終わり>

留学での思い出話
中国での思い出、北京旅行1
中国での思い出、北京旅行2
中国での思い出、北京旅行3
中国での思い出、北京旅行4
中国での思い出、北京旅行5
香港と香港空港での思い出話





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中国での思い出、北京旅行4

○起床3時
今日こそは万里の長城に。
決意を頑なに目覚め、顔を洗う。
北京四日目だ。

不到长城非好汉

長城に登らずば男に非ず。
今日こそ行く。

ただし自分が行くのは八達嶺という、もっとも有名でそこそこ安全な場所だった。

朝三時に起床し、準備をし、家を出る。迎えを待つ。迎えは、前回と違って今回はちゃんと来た。

迎えの車に乗り込みしばらく走る。すると別の車に合流。今度は大きなバンだ。その後ろに乗り込む。別の人もいる。
こうやって乗継をして、到着。大きな観光バスだ。ようやく万里の長城へ行けるのか。


○平安門再び。
バスはしばらく走り、見覚えのある場所に付いた。平安門だ。
え・・・?ここ?また乗換かな?

そう思うがよくわからない。イーと降りて、人の流れにしたがい進む。すると、平安門が見えてきた。
また毛沢東の肖像画にご対面。

どうも、国旗が上がるところを見れるようだ。中国人でない自分には、どでもいいことだが、中国人たちは必至にカメラを構えている。そして国旗が上がっていく。

自分たちは、その国旗がある広場の、向いからそれを見ていた。広場には警備の人しか入れないようになっている。
広場と自分たちの間には道路があるのだが、その道路を時々観光バスが走る。
それらの観光バスもまた、国旗が上がるところを売りにしているのだろう。国旗の前になった途端徐行運転だ。
対岸から見ている中国人たちからブ―イングが挙る。

まあそんな感じで、国旗を見終え、オレとイーは朝ごはんに、小籠包を買いバスに戻る。

ところが、危うく寸前のところで、バス出発してしまうところだった。危うい危うい・・・本当に中国油断ならない。
旅行会社まじかよ・・・・

何はともあれ、出発。
今度こそ万里の長城、八達嶺へ!



○八達嶺、やはり素晴らしい。
万里の長城に到着。
滞在時間を旅行会社の人から聞く。確か2時間もなかった気がする。え、短すぎ・・・とか思っていたが、後々から考えるとそんなことはなかった。

やっぱり、万里の長城は素晴らしかった。下から見上げる長城も素晴らしい。
そして登ってみると永遠と向こうまで続く景色が素晴らしかった。いつまでもいつまでも長城が、久遠に続いている。

もっとも空気はやはり悪い。それが見晴らしを邪魔している。非常に残念だ。
2012-06-21_07-41-28_409.jpg

で、長城だが・・・階段多すぎて、正直バテた。足腰がガタガタになる。


来た当初は「よっしゃー!ここで一日見て回るぞ!」

とか思っていたが、旅行会社の設定した時間は正しかったようで、いくら進んでもきりがないし、途中で引き返すことに。

本当に足腰がガタガタだった。あれ以上進んでいたらイーにかっこ悪い姿を見せたかもしれない。

ともかく、長城を降り、名残惜しみながらバスに戻る。


○バスの中、恋愛話
バスが次に向かうのは、お土産屋さんだった。
そこら辺は、日本会社がやる旅行と同じだよね。。と思いながら、イーと話していた。

恋愛話だ。
イーには彼氏が居て、その話を聞いていた。
イーは自らの事を醜いと言った。

そして日本語の「不細工」や「ブス」などの単語を教えるとそれを使って「私はブスです」みたいな文を作ったので、
オレは否定してあげたのだけれども、彼女は頑なだった。

「彼氏の前でもそんな事言うの」
「うん、彼氏と私はお互いに醜いと積極的に言い合っているね」
「はあ・・・そうなんだ」
「そっちはもう4年付き合ってるんでしょう?」
「うん」
「すごいね、4年なんて」
「うーん・・・そっちは、彼氏と今はなれてるんでしょう?」
「離れているって言っても広州だけどね」
※彼女は珠海という場所の大学で、彼氏は広州。距離としてはバスで2時間くらい。
「そうだね、俺の場合は、中国と日本だから会おうと思っても会えない。けどイーもスペインに行くんでしょう? そしたら会えないじゃん、彼氏と」
「うん、多分別れる」
「え・・・」
「彼は私に会いたいみたいだけど、私は別に会いたくないの」
「まじでー」
「うん」

理由も聞いた気がするが、あまり覚えていない。
そんな話をしながら、土産屋へ到着。

そこで石とかアクセサリーを見て回る。
特に興味もなかったので買わず。
イーも同じだった。

で、そこで昼飯を食べたのだが、糞まずかった。

鉄道の中で食べた弁当以下だった。

興味もない土産屋で、さらに糞まずい飯を食べて、ややげんなり状態だった。

その後も土産屋。今度は食べ物中心だった。

何か土産買おうかなと思ったものの、結局買わなかった。


○洗脳?
さて最後の土産屋。
土産屋っていうか、宝石とかアクセサリーを扱う店。

恰幅のいい男の人が現れる。
そしてその人が何やらべらべらしゃべり始める。全ては聞き取れなかった。早すぎて分からない。分からないが何となく内容は分かった。
どういう話術かはわからないが、そこにいた他のツアー客に、大声でいろいろなことを話し、皆をその気にさせ、皆は次々にその店の商品を買っていった。

日本人で中国語が完全に理解できるわけではないオレはぽかーん状態。でも傍から見れば、オレは中国人に見えるし。

例えば、具体的に言えば、次のようなことがあった。

「みなさん、ここにある宝石の値段、これです、これ、いくらだと思います? はい、そこのあなたいくら?」
「え・・・えっと・・・」
「勘でいいです」
「2千元(2万6千円)くらい?」
「2千元・・・! そんな事、・・・しません…!高い! 我々は皆兄弟・・・!そうでしょう、中国人で兄弟・・・! だから、これは300元です。安いですよ! 300元・・・! どうです、高いですか?」」
「や、やすい・・・」

とか。
その男の人、恰好はその店の店員って感じじゃないの。スーツとかきてないし。アロハシャツみたいなの着てるし。
で、その人が、店の人を一喝。
「おい、この値札は何だ! 取り外せ! 皆さんをバカにしてるのか! こんな高い値段ありえないだろう! 我々兄弟にこんな高値で売り付けるのか!! 今すぐ値札を取り外せ!!」
命令口調でスーツを着ている店の人を一喝。おそらくはこれは事前に決まっている取り決め演技なのだろうが、その場にいた人の信頼をそれでぐっと寄せたのだろう。


男の人がずっとしゃべって、結局最後には、皆、買いまくっていた。我先にと買いまくっていた。

「なんか買う?」
イーが訊ねる。
「オレはいいや、イーは?」
「私も買わない」

そんなこんなで、オレとイーは何も買わず外に出た。



○私は地図を信じない
そして旅行も終わり。
いろいろあったが、長城はなかなか良かった。

で、解散。最初集合した場所へと連れられて、解散となるのだが、イーの親せきの家に行く場合、その場からちょっと歩いて駅へ行く方が近かった。
そのため、そこで旅行会社の人とは別れることに。

で、途中、アイスを買って二人で食べながら駅へ向かった。

ところが・・・・

「ねえ、あとどれくらいで着く?」
イーが訊く。オレが知るわけがない。
「まあ、これ見てよ、俺たち今ここでしょう。で駅がここ。つまり歩いて、これくらいかな」
「えー遠い」
「遠いって言ったって・・・そんなにないよ」
「『私は地図を信じない、地図は私をいつも騙す』」
突然英語でそんな事を言ってぐずりだすイー。
どうしようってなったとき、バス停を発見した。調べてみるとそのバス停から、駅へのバスが出てるようだ。これに乗っていこう。
ところが、調べているうちに乗るべきバスが一本目の前を通り過ぎていた。
つまり今しがた通り過ぎたばかりで、次いつ来るかわからない。
「ねえバスいつくるの?」
「いや、知らないよ」
中国のバスには時刻表なるものはない。一時間に何本とか、何分置きに来ますとかそんな事が書かれている。

ましてや、オレは初めてこの町へ来たのだ。知る由などない。
「どうしよう」
「どうしようか、次いつバス来るかわからないし、歩いても遠いかもね」
「・・・・」
「・・・・」
「歩こう」
「分かった」

そうして歩き出すも、暫くの後、非情にもオレとイーの隣をバスが一台走り抜けた。それがおれ達が乗るべきバスだったことは言うまでもない。



ともかくそんなこんなで、一日が終わりイーの親戚宅へ着いた。
そこで明日の計画を立てる。明日が最終日だった。明後日の昼頃オレは広州に付き、珠海へ帰る。
で、問題が一つあった。
明日はイーと一緒に行動できない可能性があった。

実は、イーは二日目の大使館で、実は必要な書類が足りておらず、それを大学側から送ってもらっていたのだが、それがいつつくか分からないとのことだった。
もしも今日か明日の朝に着けば、一緒に行動できるが、そうでなければ家で待ってないといけないそうだ。

そうするとひとりぶらり旅か。まあそれも面白いだろう。でももうお別れか、それはそれで寂しいな。

そんな事を思いながら寝た。(続く)

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中国での思い出、北京旅行3

○三日目、いざ万里の長城へ!
北京についてからの三日目の朝。
三時くらいだろうか。今日は旅行会社の人が迎えに来る。
万里の長城へ行くのだ!


が・・・・・

結局旅行会社の人は来なかった。何でも場所が分からないとかで。
日本ではありえない展開だった。

しょうがないので、寝た。


○飛行機チケット
で、その日どこへ行くかというと、公園に行った。颐和园イヘユエンという場所だ。
ちなみに、オレは未だ鉄道のチケットが取れていない。
イーはそれを心配していた。
鉄道のチケットが、ないのだ。
寝台はもちろん、座席もない。あるのは、座席すらない沙修羅の道。

それはあり得ない。オレ死んでまう・・・・

で、結局飛行機で帰ることにした。かえることにしたが、チケットが買えない。チケットがクレジット払いで安いのを見つけたが、俺の持ってるクレジット対応していない。
普通にチケット買うと高くなる。どうすれば・・・・

「そうだ、ジョニーに助けてもらえば? 私電話してみる」
「え」

ジョニーとはスペイン人だ。イーの仲の良いスペイン人。俺のクラスメイトでもある。
ジョニーは得体のしれないところがある。
スペイン人の留学生は全部で、男3に女4だった。
俺のルームメートのハビエル。ジョニーともう一人オネはルームシャアで部屋を借りていた。
ハビエルとオネは仲が良かった。

オネとジョニーは表面上仲がよさそうだが、どことなく嫌な雰囲気をオレは感じていた。

ルームシェアしている者同士なのに、お互いに連絡先を知らないようだった。それはおかしいって。
いや、オネだけではない。スペイン人の女の子皆、ジョニーの連絡先を知らない。

例えば、ある日、スペイン人の女の子、マリナに聞いてみた

「留学が終わったらどうするの?」
「え、スペインに帰るね」
「皆そう?」
「うん、オネは帰ってすぐまた中国にとんぼ返りするみたいだけど。そうだよ・・・あ、でもジョニーは知らない」

こんな調子なのだ。
ちなみにジョニーはクラスの中でかなり優秀な方だった。
俺の居たクラスは、初級クラスで、皆中国語勉強初めて、ほとんど期間が経っていない。

その中でも、オレと韓国人の女の子はそこそこというか、かなり優秀な成績を収めていた。漢字圏の強みだね。

そして次点となるのが、ジョニーか、あるいはマジメなヨルダンの留学生だ。
ジョニーは英語も堪能で、他の非英語圏の留学生曰く「ジョニーの英語って早すぎて時々聞き取れない」とのこと。



話がそれたが、ともかくジョニーの助けを乞うことになった。

「ジョニー」
「ワッツ?」
「オレだよ俺」
「なんで、ジェシカの携帯から?」
「今旅行中なの」
「ああいってたね、そんなこと」
「それでさ、困ったことになって」
「何?」
「飛行機のチケット取れなくてさ、お金はあるんだけど現金でしか持ってなくて」
「ok、でどうすればいい?」
「サイト教えるから代わりにお金払ってくれない? 俺の持ってるクレジットカードにはお金はいってないの」
「okいいよ、じゃサイト教えて」

ジョニーは基本的に優しい。
ところが問題が起こった。そのサイト決済できるカードがUNIONpayだけなのだ。ジョニーのカードはスペインのカードだった。

「ねえ、この銀行のATMないかな、ここらへんに?」
オレは一応中国の銀行口座持っていた。その口座へお金を振り込み、キャッシャカードで決済すれば万事解決なはずだった。
「ないね、ここの周辺にはないよ」
イーは無情にもそう答える。確かにグーグルマップで検索する限りない。
糞・・・・!


結果から言えば、オレが日本語を教えている生徒に助けてもらいました・・・・・



○餃子
その日の昼ご飯、何を食べたいかという話になって、オレは餃子と答えた。餃子や小籠包が好きなのだ。
餃子のある店に入る。

日本で餃子と言えば焼き餃子だが、中国で餃子といえば蒸し餃子だ。
しかもだいたい、大皿で来る。7~15個とかそんな数でくるのだ。

これがおいしい。日本では食べない味。それがたくさん。
別に餃子はくさい食べ物でもない。ニンニクとか、特段使わないからだ。
ニラもフレイバーの一つなだけであって、絶対に必要な具材でもない。


○いざ、颐和园へ
正直あまり覚えてないっつーか、やっぱりあれだね、景色最悪。
空気が悪いから。

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○明日こそは
そんなこんなで帰ってくる。
イーの親せきの家でご飯を又ごちそうになり、明日の計画を立てる。明日こそは万里の長城へ。

そんな決心をし、早めに寝た。
なにせ朝が早い。

明日こそは・・・明日こそは・・・

ちなみに、その日の夜、オレが携帯でfacebookをしていると、
その携帯を取り上げられた。そして何やら打ち込み始める。
嫌な予感しかしなかった。
「なにしとるん」
「いいじゃん」
「だめ、何書いとる?」
「秘密」
「いや、どうせ後で見るし・・・」


で、どんな内容を書かれたかというと「私は唯我独尊宇宙一超天才、○○○だ」という内容だった。中国人の友人からいいね!がたくさんついた。

ところで、中国ではもちろんfacebookへはつなげない。VPNを使って繋いでいた。
その事は過去記事で書いたので、必要な方は探してみて。有料です。1年間で、7000円くらい払ったかな。
風のうわさによると、VPNもダメになったとか。。。どうなんだろう。

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中国での思い出、北京旅行2

○北京到了!
イーとオレは北京に降り立った。

イーはそこで親戚と合流するそうだ。
オレは、帰りの鉄道券をまだとっていなかったため、そこで購入し、そのあとは予約したホテルへ。

という事になったのだが、その親戚の家にお邪魔する流れになってしまった。
ホテル代がただになったラッキー、とは当然喜べない……

だってめちゃくちゃ気まずい。てか俺ってどういう扱いなんだろうか。22,3の女が男連れてきたら、どうおもわれる普通??

親戚とは、叔父・叔母のことだが、どういう関係かいまいち分かんなかった。
ともかく、イーの叔母と姉に会い、そこでご飯を食べた。

ちなみに帰りのチケットは取れなかったので、後日イーと共に行くことに。

北京へついて、外に出たとき、
「本当に北京に付いたのかな? 広州と一緒じゃん」
と言った。
「本当だ。とくに空気が一緒だね」
オレは答えた。

北京、今騒がれているが、オレが旅行した時も、空はどんよりと曇り、灰色に染まっていた。空気が悪い。見通しも悪い。


昼ご飯を食べたのち、イーの親戚の家へ。

明日どこ行こうか、なんて話をしていると、叔父が仕事から帰ってきた。叔父と挨拶する。
もう何を話したかあまり覚えていないが、夕方ごろ、イーが、留学の書類が足りないので印刷する必要があり、ここにはパソコンないから友達のところ行ってくる、といって叔母と言ってしまった。家には叔父とオレ。叔父が「散歩に行こうか」と言い、ついていくことに。特に何をするわけでもないが、散歩しながら、雑談をする。と言ってもあんまり覚えていない。何話したっけな・・・・一度だけ非常にきまづかったのが、何もやることないし、喋ろうにも俺の中国語が下手だしで、テレビを一緒に見ていたのだが、オレにチャンネル渡されて、オレは中国語で流れるテレビだからよくわからないし、適当にチャンネルを回して、面白そうなドラマがあったのでそこで止めた。

そしたら、戦争時代で日本がバリバリ悪者に書かれているドラマだった。

叔父は「あ・・・」みたいな気まずい表情になり、俺もしまったという表情になったが、しかしことさらチャンネルを変えるのもなんか変な気がして・・・結局変えずに、そのドラマを叔父と二人で見た。

その後イーと叔母が帰宅し、オレはシャワーを借りた。

シャワーには少し驚いた。シャワーの壁に、女性のヌードの絵が描かれてあったのだ。え?ってなった。なんで?写実的な絵だった。
中国ではシャワールームに女性のヌード絵を描くのか・・・?

何はともあれ、シャワーを終え、明日の話をイーと話す。

イーは留学ビザの手続きの関係で、スペイン大使館へ行かなければならない。明日はそこへ行くことに。

話が決まった後しばらく雑談していたが、
「なんかゲームないの?」とイーがきいてくる。(おやおや、優秀な大学の学生さんでもゲームするんだなー)とか思いながら、AndroidアプリRuntempleを二人でしばらく遊んだ。かなり気に入ったようだった。

そして夜になって、寝た。鉄道地獄の後なので、天国に思えた。

ムフフな展開はもちろんないです。


○大使館へ。
そして大使館へ。
イーはスペイン留学のための手続きで大使館へいかなければならなかった。

大使館近くの駅に付き、そこから歩いて10分くらいの距離だ
しかし、彼女はひどく方向音痴なようで、いきなりどっちに行っていいかわからないという展開になった。
仕方なくgooglemapを確認し、それに沿って行く。行くのだが、なかなか辿り着かない。

そこは大使館の密集しているところで、他の大使館の門番の人に道を聞いて回り、ようやくたどり着いた。

道すがら、彼女は日本語を勉強していた。
鉄道の中でも日本尾を教え、その教えた日本語を勉強していたのだ。内容は覚えてないが、自己紹介とか簡単な挨拶とかだったと思う。
「自己紹介、どうやるんだっけ、もう一回言って」
日本語を練習してたのは緊張を紛らわすためだと思う。
彼女はとても緊張していた。何かをしていないと、落ち着かないのだろう。
「『私はイーです』这是,我叫艺的意思」
「『私はイーです』」
「『中山大学の学生です』我是中山大学的学生」
「ちゅうざんだいがくのがくせいです」
「そうそう、うまい。でもさ、今からスペイン大使館で面接とかあるんでしょう?」
「うん」
「じゃあ、スペイン語の練習しなくていいの」
「あ…………」
イーは慌ててスペイン語の練習を始めた。
自分はもちろんスペイン語分からないので、彼女が何を言っているかは全然分からなかった。

そんなこんなでスペイン大使館へ行く。終わるまで大使館前に居ようかと思ったが、どっかカフェとかに行っててくれ、と言われた。
お腹がすいていたので、スタバでコーヒーとサンドイッチを食べながら待つ。
登録することで無料に使えるwifiがあったので、それでネットをしながら待った。
その時の装備はDroid3にGalaxy tab,Lg P500だったと思う。

ちなみに、登録というのは電話番号を登録する必要がある。ショートメッセージを送るのだ。
日本のような携帯メールの概念が中国にはない。同様の物は電話番号だ。
日本の迷惑メールの代わりに、迷惑ショートメッセージというのが中国で横行している。

日本は電話番号をあまりかえない。電話番号は大切な個人情報であり、それが漏れるのは大変なことだと考えている。少なくともメールアドレスよりは。
メールアドレスなら、簡単に変えることができる。

中国では電話番号をホイホイ変えるから、日本ほど電話番号へのありがたみ大切さはない。
何故かというと、日本のように高くなく、簡単に買え、また地域により料金が異なる。つまり住んでる地域で買えば通話料が安くなるのだ。

話がそれたが、その日は故宮や天安門に行くつもりだった。
その下調べも、スタバでしていた。していたのだが、所詮オレは日本人で、北京の事情には疎く、ネットで調べてもいまいち分からないことが多い。

スタバで時間をつぶすこと、1時間くらいだろうか。あるいは30分くらいかもしれない。
イーから終わったという連絡が来た。なので合流。

「どうだった?」
「簡単だった、てか英語だった。面接全部英語。スペイン語は使わなかった」
「あ、そうなの」

英語で簡単だったか。俺英語しゃべれないんですけど。隣の秀才あるいは努力家を見ながら勝手に劣等感にさいなまれ、まあ、しかしそんなことくよくよ悩んでも仕方がないと思い直し、故宮を目指す。


○毛沢東謁見! 平安門と故宮。
地下鉄に乗り、平安門へ行く。
北京の地下鉄は一律料金でどこでもいけるシステムで日本人は驚く。1時間乗っていっても一律料金。
しかも2.5元。2.5元と言えば、当時のレートで、30円くらいだ。今はもっと高いかもしれないが、それでも日本の交通機関と比べると破格の値段だ。

ともかくそんなんで、平安門に付き、毛沢東の肖像画を眺めた。写真を適当にとりながら平安門を潜り、故宮へ行くことに。
2012-06-19 11.47.26.jpg

しかしこのときオレは知る由もなかった・・・この短い北京旅行の間に、まさか3度も毛沢東を拝むことになるとはッ!


平安門を通り故宮に入る。故宮の中は、正直なことを言えば、あまり楽しくなかった。
楽しくなかったと言うのは語弊があるが、古い寺や神社を当たり前に見て育った自分にとっては、そこは何だが人工的で派手な場所に思えて、歴史の重みを全く感じなかったのだ。

そんな感じでザンネンだった。面白くないわけではない友人と一緒に回ってそれは楽しいのだが。

そうそう、そこで、イーが実はfate/stay nightを好きというのを知った。意外だった。まあその時期たしか、アニメでフェイトゼロやってたし、それかなー?と思うが。
「え、フェイト好きなの?」
「うんセイバー好き!」
「ああ、セイバー可愛いもんね」

その後は公園を回った。北海公園だったかな(中山公園だったかも)。

で、終了。夜ご飯は、イーの親せきの家で食べた。イーの家で明日の事を相談する。
「どこ行きたい?」
「やっぱり万里の長城かな」
「わかった!」

実を言うと、万里の長城行きは確定事項だった。北京に来る前から、イーにそのことを話していた。北京に来て長城に登らずは男に非ず、みたいなことわざもある。ぜひ行きたい場所だった。
イーもそれを事前に知っていたため、実は、故宮内で、旅行会社からパンフレットをもらっていたのだ。

故宮内には実は旅行会社の社員たちがひしめいていて、故宮や平安門へ観光に来た客を、万里の長城や別の場所へ誘い込むという寸法だ。

貰ったパンフレットに電話をかけ、話はついた。


価格も安い。100元とかだったかな(日本円、当時のレートで1300円)

「明日3時に迎えに来てくれるって」
「は・・・?三時?朝の?」
「そう、朝の」
「早い・・・!」
「早いね、だからもう寝よう」
「確かに」
「じゃあお休み」
「お休み」

てことで、万里の長城に備えて早めの就寝。



しかし、この時は知る由もなかった。
まさかあんなことになるなんて・・・・(続く)

留学での思い出話
中国での思い出、北京旅行1
中国での思い出、北京旅行2
中国での思い出、北京旅行3
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中国での思い出、北京旅行5
香港と香港空港での思い出話


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